研究者紹介 -東京大学 情報学環教官紹介誌「aiaiai」より転載-

前田太郎
昭和40年生まれ.工博(東大).

昭62 東大・工・計数工卒.
昭62 通産省工業技術院機械技術研究所に入所.
同研究所、ロボット工学部バイオロボティクス課研究員を経て,
平4 東京大学先端科学技術研究センター助手,
平6 東京大学大学院工学系研究科助手.
平9 東京大学大学院工学系研究科講師.
平12 東京大学大学院情報学環講師.

現在、日本電信電話株式会社
NTT コミュニケーション科学基礎研究所 主幹研究員

人間の知覚特性とモデル化,神経回路網モデル,マンマシンインターフェイス,テレイグジスタンスなどの研究に従事.ホロプタやアレイといった空間知覚とそれに伴う運動についての人間の特性の心理物理的計測とモデル化,それらの知見を応用したバーチャルリアリティやテレイグジスタンス用マンマシーンインターフェイスの開発,が主たる業績.

平2計測自動制御学会論文賞,
平9同学会学術奨励賞,
平3日本ロボット学会技術賞受賞,
平11日本VR学会論文賞受賞.

究極のマンマシン・インターフェイスを求めて
学部時代の研究はニューラル・ネットワークです。卒業後、機械技術研究所(つくば市)に入り、舘ワ先生のもとでロボットの研究を始めましたが、それはロボットそのものの研究ではなく、遠隔地にいるロボットを操作する技術、つまり「テレイグジスタンス」(注1)の研究でした(子どもの頃からそっちに興味があったんです)。操縦する側のデバイスは人間に装着するタイプの「マンマシン・インターフェイス」で、バーチャル・リアリティ(VR)のデバイスとも非常に近い(当然、VRの研究もしました)。そして6年後、館先生と一緒に東大に戻ってきたわけです。 人間の感覚と行動はどのように得られているのか? たとえばモノを見て、そこに手を伸ばしたりそこへ歩いたりするというのはどういうことか?――東大に来てからは、そうした研究のバックグラウンドとなる人間の感覚・行動の解析にニューラルネットワークを使い始め(注2)、さらに心理物理の勉強を始めました。ただ、その勉強をしていて思ったのは、サイエンティストの人たちの目的って、知見を並べること、分類することで、組み上げることにはあまり関心ないんですね。やはりエンジニアとは別の方向を向いている。でも私は工学屋だから、分類ばかりしていてもしょうがない、まとめ上げながら考えていこうと思った。それが「ロボットと人間の感覚運動に関わるマンマシン・インターフェイス」としての「パラサイトヒューマン」(以下PH)(注3)です。

情報は世界と人間の界面
人間にとって究極の人工知能やインターフェイスは何かと考えた場合、自分が生まれたときからずっと同じ体験をしてきた存在だったら、どんな他人よりもわかりあえるだろう――それがPHのもともとのアイデアです。個人と同じ体験をしたことで、もっともその人になじんだインターフェイスができるはず。そのためには、人間が体験してきた情報をおさえる必要があるだろう。 ここで「情報」という言葉について説明しておきましょう。「世の中に情報があふれている」というのはウソ。世の中にあるのは物理現象しかない。それを計測することによってはじめて情報になる。そして、その計測するモノサシは何かといえば、人間の場合は「体」なんです。物理世界から情報を取り出し、情報から物理世界に働きかけるのは、常にセンサーでありアクチュエイターである。人間にとってわかる情報は人間の体を通して得られたものなんです。だから私はあくまでも「体」にこだわる。逆に言えば、情報というものは世界と人間の界面であり、人間の体というインターフェイスで情報化される。そのプロセスそのものが一番おもしろい。だったら、その隙間にはさんだウェアラブル・インターフェイスが一番おもしろい情報を拾えるはず。人間の感覚情報と運動情報を拾うという意味で、PHはテレイグジスタンスともVRともつながってくるわけです。人間が計らなければ、外の世界は物理現象にとどまっているし、操縦されるロボットがヒト型である意味もなくなるわけですから。 そういう意味で、アフォーダンス(注4)とも長い付き合いですね。ギブソンが何に悩んだかというのは、私には非常によくわかるような気がする(笑)。人間がどう世界に働きかけ、どう行動を得るかというプロセスの中で何が決定項かと考えた場合、人間の自由意志というのは実はそんなに大きくない。実際は感覚にものすごく縛られている。つまり感覚を得ることは行動を得ることと同じなんです。

「行動の型」を共有する
PHが獲得した情報は、人間に返します。つまり人間の行動の“型”を得たことで、その人間がどういう時にどういう運動を始めたら、どういう運動を完成させるかの予想をつけることができる。たとえば、疲れて姿勢を崩して歩いていると、かえって疲れたりする。それを普段の行動に補正してあげられる。今までのベストショットやベストランニングの“型”が崩れた時に、補正してあげられる。 さらに、今まで人間がやり取りしてきた情報は言語的(バーバル)なものでした(映像は直接出すことはできませんから)が、行動(ノンバーバル)を録音・再生したり交換したりすることはあまりされていませんでした。でもPHを使えば「君のショットの“型”いいね、ちょっと貸してよ」なんてことも可能になるわけです。 VRはコンピュータ内の仮想空間に入るのが特徴ですが、PHは現実と向き合いながら、他人と行動を共有できるようになる。もちろん、他人の感覚をまるまる再生しようとしたら結局VRになってしまって道具立ても大きくなるし、これはあくまでウェアラブルなものですから、とりあえずは行動と音と手足の触覚を再現しようとしています。外国には他人と脈拍を共有しようとしてお互いのカラダにチップを埋めている研究者もいますが、ここではそこまではやりません(笑)。 PHがどうやって人間に情報を与えるかですが、もっとも基本的なのは「音」です。行進曲(マーチ)でなぜみんなそろって歩くかというと、音に引き込まれるからなんですよ。これは調査で歩行者をビデオで撮っていたときに偶然見つかった事例ですが、パチンコ店の前で軍艦マーチが流れると、歩行者が突然早く歩き出す。行動に関しても、やはり人間というのはそういう感覚に縛られているんですね。それを利用して人間をコントロールすることで、本人も気づかないうちに最適の行動をとるようにできる。たとえば、人ごみがたまりそうになったら、先の人を早く歩かせて後ろの人をゆっくり歩かせる、といった使い道もあるわけです。

教官交流のキーパーソンは学生!
情報学環が設立されて3年たちましたが、異分野から研究者が集まってきて、お互いわかりあえる所までは行っても、協同作業まで持ち込むのに3年では短すぎることは、お互い思い知ったと思います。でも、こんなにおもしろい横つながりの組織が学内になかったことも実感していますよ。こうして、今まで流れなかった方向にパイプを通したのだから、今後、ボディブローみたいに大学の各部局に影響を与えるはずです。だから成果を焦らず、10年は待ってほしい。きっとこの組織の価値がわかるはずだから。 ここで強調しておきたいのは、他の教官との仕事が一番うまくいくのは、間に学生さんがいる時だということ。つまり、私の場合、佐々木正人先生の研究室の学生さんの副指導になったおかげで、佐々木先生との共通点が得られた。そういう意味で副指導教官システムの効果は、私たちにとっても非常に大きいんです。

※注1:テレイグジスタンス
操縦者の体に機械を取り付け、遠隔地のヒト型ロボットが見る映像を操縦者も見る。さらに操縦者が腕を動かせばロボットも同じように腕を動かす。そんな「自分自身がロボットの中に入っているような感覚」での操作を目指すインターフェイス。2000年には前田氏ら舘研究室が開発したマシンで、ホンダP3同型機を動かす実験も行われた。現在、舘研では新型ロボット(操縦する方と操縦される方)も開発中。将来的には、世界中にインフラとしてヒト型ロボットが配置され、それと自宅のマシンとをネットで結ぶことで、自宅にいながら世界各地に擬似的に存在(イグジスタンス)できるようなシステム構築を目指している。仮想空間を介して実環境に「テレイグジスト」することも可能。詳しくは舘研HP(http://www.star.t.u-tokyo.ac.jp/index-j.html)を参照(動画あり)。

※注2:前田流・ニューラルネットワークへのアプローチ
「簡単に言えば電気生理の知見を、数学的・工学的に計算させようというアプローチですが、私は一般の認知科学よりもう少しプリミティブにやろうとしています。と言うのも、特にコネクショニストたちの認知物理の使い方は、私には少し乱暴すぎるように思えるんですよ。脳はこういうことをやっているはずだから、生理学的にどう対応してるかは置いといてニューラルネットワークで同じ計算ができればいい、としている。でもニューラルネットにどう計算すべき問題を与えるかというと、恣意的なんですよね。それに対し私のニューラルネットの使い方は、問題を解くためではなくて、さまざまな問題を解こうとした時、どういう局面で失敗するかをシュミレーションし、やはり感覚上の制約を持っているはずの人間が、それと同じ失敗をしているかを確かめるためのものです。それによって、人間の感じていることのおもしろさを次から次にみた気がします。つまり、我々は世界がひとつながりのように認識していますが、実際に得ている感覚情報というのはほころびだらけなんです。しかしその『ほころび』は気にしないように感覚を構成し直している。見て見ぬふりをしているんですね。逆に言えば『できないことはできないんだから他で補う』という現実的な対処をしているわけで、それはエンジニアとして非常に好感がもてる。生物特有の制約のもとで決着をつけたメカニズムをもっているわけ。こうした研究から、ある意味で人間の理解に迫れるんじゃないかと思うんです」(談)

※注3:パラサイト・ヒューマン
NTT CS研 パラサイト・ヒューマンプロジェクト Website(http://www.brl.ntt.co.jp/people/parasite/)で、より詳しい解説や現時点での成果をみることができる(動画もあり)。

※注4:前田先生、アフォーダンスへの唯一最大の疑問
「ただ、アフォーダンスの『すべての情報は外在的』という発想は、私から見れば『情報が世界にあふれている』と言っているようで、極端すぎると思う。世界にモノサシをあてて計測できない限り情報は得られないし、そのモノサシは知識としてあるわけではなく、身体としてある。それが私の考え方です」(談)

前田先生の推薦図書
『知の創生 身体性認知科学への招待』(P.Pfeifer&C.Scheier)(共立出版)「著者もヒト型ロボットや人間の感覚・運動の研究をしているので、私の研究ジャンルにかなり近い。人間の身体性の問題からアプローチしている数少ない本です」(談) 『ロボットから人間を読み解く―バーチャルリアリティの現在』(舘ワ)(NHK出版)

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